哲ちゃんの下呂探訪! 高山本線全線開通80年記念探訪 上呂駅編






2014年
上呂駅
高山本線全線開通80年記念探訪 上呂駅編
★高山本線全線開通80年記念探訪★
ワイドビューひだ 今回、高山本線全線開通80年を記念し、下呂市内にある8つの各駅を探訪し周辺の地域の人達の回想録や、その地域の資源を紹介し、高山本線全線開通80年を祝福すると同時に、駅と共にこれからもこの地域が限りなく栄えてほしいとの願いを込めて、各駅紹介シリーズを企画しました。
上呂駅は、下呂市萩原町上呂に位置し、昭和8年(1933年)8月25日に開業。相対式ホーム2面2線を持ち交換可能な駅で、昭和36年(1961年)8月1日に貨物の取り扱いを廃止、普通列車が止まる。下呂駅管理の無人駅で、古い木造駅舎が残る。
上呂駅 上呂駅ホームにて 上呂駅ホーム看板
上呂駅 ホームにて 上呂駅ホーム看板
★上呂駅近くで、先代は農業を営んでいたが、息子の忠さんは萩原町役場に勤務し、収入役を最後に退職。その後、下呂温泉のホテルパストールに長年勤務。現在は自宅の畑で少量の野菜を作ったり、パソコンを相手に遊んでいるそうです。義理の兄と言うこともあり、無理やり上呂駅の思い出を寄稿していただきました。★
金子忠さん 萩原小学校に入学したのは、昭和15年4月。翌年、大東亜戦争が始まった。入学後2・3年は汽車通学が許されたが、その後は汽車通学は許されず、萩原小学校まで、雨の日も風の日も4キロの道のりを徒歩で通学した。道も今の様に舗装された道路でなく砂利道で、途中で雨が降ると草履で歩くと、背中に「飛びしる」が跳ね上がって背中がべたべたになるので「裸足」で歩いた思い出があります。
当時、国道も整備されておらず物資の輸送は汽車に頼ることが多かった。そんな状況で、木材・木炭等は、荷馬車で上呂駅まで運ばれ、そこから貨車に積み込み貨物列車で運ばれた。
当時、荷馬車は山之口地域に4台、上呂地域に3台、尾崎地域に2台位であった。今のトラックの代わりをしたのです。当時は日通の貨物駅として主に木材・木炭を中心に大変な量を取り扱っていた。1番印象に残ったのは、上呂駅に区民一同が集まり戦争中の「出征兵士」の見送りであった。出征兵士1人1人を、始めに区長さんの激励の挨拶があり、続いて出征兵士の挨拶があり、武運長久を祈って万歳三唱であった。区民一同、万歳、万歳と見送ったことが今でも記憶に新しい。
現在は高山線も雨量が多いと列車が止まることがあるが、当時の工事を思い起こすと難工事をよくぞここまで岐阜から富山までの大動脈高山本線を完成していただいたと先人に感謝せずにいられない!
岐阜から富山までの大動脈として走っている高山本線を将来に向けて、単線ながらこの大動脈を地域の人達で育てていかなければならないとつくづく思う次第です。  金子 忠 
義兄には、面倒なお願いをしましたが、気持ち良く引き受けていただき有難うございました。
★上呂駅周辺の見どころ★
商売繁盛の神様「お美津稲荷」 石段にはたくさんの鳥居が・・・。
商売繁盛の神様「お美津稲荷」 石段にはたくさんの鳥居が・・・。
南ひだ健康道場 飛騨川温泉しみずの湯 癒しの空間「しみずの湯」
南ひだ健康道場 飛騨川温泉しみずの湯 癒しの空間「しみずの湯」

下呂市の未来のために! 発想喚起!
 Topページ
哲ちゃんの下呂探訪へ
TOPページへ