哲ちゃんの下呂探訪! 高山本線全線開通80年記念探訪 焼石駅編






2014年
焼石駅
高山本線全線開通80年記念探訪 焼石駅編
★高山本線全線開通80年記念探訪★
焼石駅と普通列車 今回、高山本線全線開通80年を記念し、下呂市内にある8つの各駅を探訪し周辺の地域の人達の回想録や、その地域の資源を紹介し、高山本線全線開通80年を祝福すると同時に、駅と共にこれからもこの地域が限りなく栄えてほしいとの願いを込めて、各駅紹介シリーズを企画しました。
★焼石駅★
焼石駅は、下呂市焼石に位置し、昭和4年4月14日(1929年)に旅客及び貨物の取り扱いとして開業。駅は相対式ホーム2面2線を有し、列車交換が可能な地上駅で、二つのホームを跨線橋が結んでいる。昭和36年(1985年)4月1日から無人駅。
昭和20年(1945年)1月10日、焼石駅下呂駅間の保井戸地区にある第4益田川橋梁で、富山行き列車(6両編成)が転落事故を起こした。45人が死亡し、50人以上が大怪我をする大惨事となった。
焼石駅
焼石駅
当時萩原で開かれる郡会議に出席するため列車に乗っていた村長以下村の中枢であった人達を失って、中原村は大混乱を招いたことを今も多く語り継がれています。
★焼石駅の北側でこんにゃく製造販売をしている「八百芳」の奥様美恵子さんは、元下呂商工会の婦人部長をされていて、私も会議で何度か同席させていただいておりましたので、そのよしみで無理やり焼石駅の寄稿をお願いしました。ご多忙にもかかわらず、ご主人の稔さんが主に記憶をたどりながらあちこちに問い合わせをして下さり有難い限りです。
八百芳のご主人細江稔さんと奥様の美恵子さん 金山駅〜下呂駅間の工事期間中は、500人程度が工事に携わって焼石駅が開通した。そして、この地域の発展は焼石駅開通から始まりました。駅前周辺から中原小学校付近までの約600メートルの間に、おでん屋・呑み屋・八百屋・菓子店・玉突き場・衣料品店など色々な店舗がありました。又、焼石で一番広い駅前広場で昭和43年まで毎年盆踊り大会が催され大変にぎわったそうです。
戦後の25年頃の焼石駅には、駅員14名が1日交替で勤務していたそうです。当時は駅前より門和佐方面に1日に3回位バスが出ていました。
又、多くの人が金山へ買い物に行くため、午前9時頃に汽車で出かけ、昼過ぎに焼石駅に帰って来たそうです。和佐・火打・門和佐方面の人は駅前からバスを利用して帰ったものです。又、駅前に清水と言う飲食店があり酒を飲んで帰る人も多数あったそうです。
当時は、日通があり、久野川・中原中から多くの材木が集められ、貨車で運ぶため多くの人夫も沢山いましたが昭和36年2月21日に貨物の取り扱いが廃止。又、昭和38年〜平成5年まで駅前にタクシー2台がいました。昭和40年頃になると国道41号線が改良され、時代と共に車社会へと変化していきました。
いずれにしても、あの頃が懐かしい思い出として脳裏をよぎります。(一部写真を「写真が語る中原」から登用させていただきました 岡)
                               細江 稔 記
臨時特急ワイドビューひだへの歓迎旗振り
高山本線全線開通80周年記念  
臨時特急ワイドビューひだへの歓迎旗振り
2014年10月26日撮影

★焼石駅の想い出・・・★
開通当時の焼石駅看板 天皇皇后両陛下の御召列車を迎える駅前の人々
開通当時の焼石駅看板 昭和33年10月26日 
天皇皇后両陛下の御召列車を迎える駅前の人々
焼石駅開業50周年記念の駅前 開業50周年記念のチラシ
焼石駅開業50周年記念の駅前 開業50周年記念のチラシ
焼石駅周辺の見どころ
苗代桜 中山七里 鉄道ファンの撮影スポット下原ダム周辺
苗代桜 中山七里 鉄道ファンの撮影スポット
下原ダム周辺

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