哲ちゃんの下呂探訪! 高山本線全線開通80年記念探訪 飛騨宮田駅編






2014年
飛騨宮田駅
高山本線全線開通80年記念探訪 飛騨宮田駅編
★高山本線全線開通80年記念探訪★
ワイドビューひだ 今回、高山本線全線開通80年を記念し、下呂市内にある8つの各駅を探訪し周辺の地域の人達の回想録や、その地域の資源を紹介し、高山本線全線開通80年を祝福すると同時に、駅と共にこれからもこの地域が限りなく栄えてほしいとの願いを込めて、各駅紹介シリーズを企画しました。
飛騨宮田駅は、下呂市萩原町宮田に位置し、昭和30年(1955年)10月1日開業。普通列車が停車します。高山本線では、起点の岐阜駅を出てから初めての交換不能駅(すれ違いが出来ない駅)で開業当時から1面1線の構造で宮田駅と飛騨市の杉崎駅のみです。駅舎は有りませんが、簡易トイレがあります。下呂駅管理の無人駅。
※飛騨宮田駅の由来
宮田区の有力者が当時の県会議員を通じて、現在の飛騨市より出ておられた岡村利右衛門代議士に働きかけて、当時の日本国有鉄道より建設の許可をいただき、無人駅の建設が実現しました。
用地の提供、資金の調達、又、石炭殻を貨物列車に積んできたのを宮田三区民が交代で出て短時間で降ろす、大変な重労働でした。建設費は、当時の金額で200万円余りかかり、地元と萩原町で50%ずつの負担でした。
飛騨宮田駅
飛騨宮田駅
宮田では、今でもおらが駅との意識が強く、掃除や、花壇づくりが続けられて、きれいな駅が維持されています。(宮田駅開設50周年記念事業実行委員会資料より)
飛騨宮田駅前 区民の皆さんの宮田駅花だん 飛騨宮田駅ホーム看板
飛騨宮田駅前 区民の皆さんの宮田駅花だん 飛騨宮田駅ホーム看板
★飛騨宮田駅前で理容店「カットハウスタイラ」を営んでいる息子さん夫婦を手伝っている往年の理容師平健二さんに思い出を寄稿していただきました。★
平健二さん 哲ちゃんが久しぶりに訪ねて来て、宮田駅にまつわる何か思い出に残るものを是非寄稿してほしいとの依頼でした。そんな訳で「おらが宮田駅」と題した思い出話を書く事にしました。
今では、ここに駅があり発着が当たり前の様になっている今日。振り返れば、私が小学6年生の時でした。それから60年が過ぎ壮年になってしまいましたが、その当時の事が鮮明によみがえって、久しぶりに筆をとりました。
宮田駅が開業した日は、宮田村三区の老若男女すべての人が「汽車が停まった!汽車が停まった!」と、ものすごい興奮と感動で喜び合った事を今でも脳裏にしっかりと残っています。宮田駅は偉い人の計らいか?陳情駅だったそうで地元三区民がホームの建設に土方作業をして開業に至ったそうです。
目の前が駅ですので発着を眺めていると、どこやらのおばさんが息を凝らして「はーはー」と走って来ると発車しかけた汽車が停まって乗せてくれたり、停まるべき汽車が客がホームで待っていても、止まらず通過してしまうことがあったり、田舎駅ならではの本当にあった一つのエピソートです。現在は宮田子供会と毎月三区民が当番制で素敵な駅にと美化に努めています。毎年4月下旬には、天然記念木の宮田の「藤ケ森観音堂の藤の花」宮田の「賢誓寺のしだれ桜」どちらも何百年木ではないでしょうか?是非その季節には宮田駅で下車してみる価値がありますよ。 平 健二(72歳)
駅前の理容店「カットハウスタイラ」 駅前の喫茶「じこくひょう」 駅前のかつての「かごめ食堂」
駅前の理容店「カットハウスタイラ」 駅前の喫茶「じこくひょう」 駅前のかつての「かごめ食堂」
理容店が忙しいのに、健ちゃん寄稿有難うございました。又、昔の思い出を語っていただき大変興味深く話しを聞かさせていただきました。中でも、当時はトイレが無く駅周辺は田んぼばかりで、女性の方は着物の裾をペーとめくって、ションベンしていた事など昔ながらの思い出話をしていただきました。有難うございました。
★飛騨宮田駅周辺の見どころ★
「藤ケ森観音堂」の藤の木 賢誓寺のしだれ桜
樹齢百年を超す「藤ケ森観音堂」の藤の木 樹齢百年を越す「賢誓寺」のしだれ桜
「今井八幡宮」の闘鶏楽、4月の第一日曜日に開催。
今井八幡宮の闘鶏楽
鮮やかな衣装で華麗な舞を披露・・・。
今井八幡宮の祭礼 今井八幡宮の闘鶏楽

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