2010年が始まりました。今年も「南飛騨からのたより2010」をよろしくお願いいたします。




歓迎! 中村俊輔復帰 (2010.02.26)

  中村俊輔選手のJリーグの横浜マリノス復帰が決まったようだ。100万ユーロ(約1億2千万円)を超える移籍金で、スペインリーグ・エスパニョールからの完全移籍が合意されたらしい。イタリアのレッジーナ、スコットランドのセルティックを経てスペインのエスパニョールに移った中村選手は、エスパニョールでは「飼い殺し」状態であったのだ。ワールドカップを目前にし、中村選手には、100万ユーロが「安いものだった」というような活躍をして欲しい。


未来は未来に (2010.02.26)

  カナダ・バンクーバー冬季五輪女子フィギュアスケートのフリースタイルのTV中継を見る。ショートプログラムでトップに立っている韓国のキム・ヨナ選手がミス無く滑り終えたとき、次に演技をする浅田真央選手が完璧に滑り終えてもキム・ヨナ選手には及ばないと感じた。その浅田真央選手の演技には目立ったミスもあり、誰の目にもキム選手と浅田選手の差は歴然であり、キム選手が金メダル、浅田選手が銀メダルとなった。
  注目すべきは米国代表のまだ16歳だという長洲未来選手、笑顔が独特で「おたべ」を連想させる容姿で、にこやかにのびのびと演技していた。オリンピックのTV中継で長洲未来という選手を知った。祖父母は茨城県に健在だと言う。「いいね」・・・私は未来選手の隠れファンになった。にこやかなのびのびとした演技、笑顔・・・キム・ヨナさん、浅田真央さんを超える素質が有るんじゃないのかな・・・そんな期待を込めて、頑張って欲しいと応援する。


知  足 (2010.02.26)

  樺W交社から発行された『懐石サントリー』というグラビア本がある。何十年か昔、義弟から借りて、返すことなく結果的にせしめてしまった本である。昭和55年12月13日初版発行の1,800円の本で、著作はサントリー株式会社となっている。コピーライターは「佐藤隆介」となっている。『懐石サントリー』は、義弟が「返せ!」と言ってきても決して返さない、私にとって深く愛着を持つ本である。
  『懐石サントリー』の「三月」には、「シテ、ワキ、ツレ」「五事五有」「預鉢」「上薬」「知足」「馳走」「利休忌」が書かれている。
  「知足」(たるをしる)を転記させて頂こう。

  京都の龍安寺といえば象徴的な石庭で知られる寺だが、寺内のつくばい(手水鉢・ちょうずばち)にちょっと風変わりな文字が刻んである。中央の四角い口のまわりに五●●矢とあり、これだけでは何のことかわからないが、それぞれに中央の口を加えれば「吾唯知足」となり、これは禅の悟りを示したものであることがわかる。
  人間の悪行や迷いの根源は飽くことを知らぬ貪(むさぼ)りの欲にある。このどうにもならない貪欲に引きずりまわされて迷い苦しんでいる境涯を餓鬼道(がきどう)という。悟りの境地に至るためには何とかして貪欲を退治しなければならない。そのために何より大切な心構えとして強調されるのが「吾(わ)れ唯(た)だ足るを知る」ということである。遺教経という経典には「不知足の者は富むといえども、しかも貧しく、知足の人は貧しといえども、しかも富めり」と説かれている。
  「家はもらぬほど、食事は飢えぬほどにて足ることなり」という千利休の教えを土台とする侘茶の本意もまた、この「足るを知る」ことにある。江戸後期の出雲松江藩主・松平治郷(はるさと)は茶人・松平不昧(ふまい)としていっそう名高いが、この人の随筆「贅言」(むだごと)には次のような一節がある。即ち「茶の本意は知足を本とす。茶道は分々(ぶんぶん)に足ることを知るといふ方便なり。足ることを知れば、茶を立てて不足こそ楽みとなれ」、あまりにも物質的な豊かさになれすぎてしまった現代のわれわれにとって、味わうべきことばではなかろうか。知足の人は貧しといえども富めり、である。酒徒の心意気はこうでなくてはならない。高価な器に珍肴を並べてみせるのが懐石ではなく、もてなしでもない。一切は足るを知るの心に尽きる。

 


親  父 (2010.02.20)

酸素吸入器を付けた親父は激しく苦しんだ
「もういい、殺してくれ」と
親父は付き添う私に懇願した
親を殺すことはできない・・・けれど
親父の苦しみの原因が酸素吸入器のような気がして
夜勤の看護士さんに
酸素吸入器を外すことはできないかと聞いてみた
「明日の朝、主治医の意見を聞いて・・・」
医師が指示し看護士が行った親父への対応は
間違っていたと思う
出勤した主治医が酸素吸入器を外すことを認めると
親父は安らかに呼吸をし
静かに息を引き取った

葬儀の日 斎場で親父が焼かれているとき
一天にわかにかき曇り
地域を恫喝するような一発だけの雷鳴があった
その雷鳴を聞きながら
親父は昇天したんだなと思った

借金だらけの家に婿に入り
国有林の造林に従事した親父
賭事にも色事にも酒にも弱かった親父
「何で借金だらけの家に婿にきたのか」
そんなことは聞くまい
父母が婚姻しなければ私は生まれなかったのだ

長寿は美徳か?
「もういい、殺してくれ」・・・親父の言葉が
耳の奥底にこびり付いている
生きる意義なぞそれほど確かなものでは無い
長く生きてきたものにとって
安らかな死こそがとても大切なのだ
長寿は美徳では無い
安らかな死こそ美徳なのだ
我が身よ 願わくば できればもう少しの猶予を
そして 安らかな死を


未明に酔っぱらって (2010.02.09)

  今日2月9日にはかつての上司の葬儀があります。奥さんにパッチワークの指導を受けている妻とともに葬儀に参列しようと思っています。もう午前3時を過ぎました。今夜もツ〜ンツンと冷え込んでいます。石油ストーブを点けていますが、寒さを感じます。冷酒を飲みながら起きていますが、午前4時には今日のために就寝したいと思います。
  「自分は何のためになお生きるのか」・・・「私にとって表現とは何なのか」・・・「私の生きる拠り所は何んなんだ」・・・日々激しい鬱気分に襲われながら、畑仕事をし、自治会の役員をして何とか時間を潰しています。
  表現−私の中にはまだ、マグマのようなものが蠢いているような気がします。ヘドロではありません。突破口が見つからずに鬱憤となって膨らみ弾けたがっているマグマ。
  昨日も何も書けなかった、未明の酔っぱらいの戯言です。


ゼロの焦点 (2010.1.10)

石川県観光推進課作成のビラ   飛騨高山にある映画館は60歳以上の人はそれを証明する公的証書を提示すればいつでも1,000円で入れるそうである。60歳未満の人でも毎月10日は前回の映画鑑賞時にもらった券を持って行けば1,000円で入場できる。
  1月10日の朝である。「『ゼロの焦点』って映画を観たいんやけど、一緒に行かん?」と妻が言う。「午後からなら行ってもええよ」と私は答える。今日2回目の『ゼロの焦点』は午後2時35分から上映されるというので、家で昼食を食べ、1時20分頃から高山に向かうこととした。
  午前中は大島諏訪神社のどんど祭に出掛け、下呂市消防団小坂方面隊の出初め式・消防パレードを見、小坂町古子で雪に埋もれた畑でホウレンソウを収穫するという中学校の同窓生を訪ねて足手まとい的に手伝って収穫したホウレンソウをもらってきた(湯がいて食べてみるととても甘かった)。
  映画館で映画を観るのは何年ぶりだろう。前回映画館で映画を観たのは『タイタニック』だっただろうか。『タイタニック』の製作は1997年なので、97年か98年のことだったのだろう。もう10年以上映画館で映画を観るということをしていないのだろうか。
  『ゼロの焦点』とは何か・・・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば「『ゼロの焦点』は、1958年3月号から1960年1月まで『零の焦点』というタイトルで『宝石』に連載され、光文社から刊行された松本清張の長編推理小説。2度の映画化、5度のテレビドラマ化がされている」という作品である。
  《あらすじ》は、『ウィキペディア』には「板根禎子は26歳。広告代理店に勤める鵜原憲一と見合い結婚した。紅葉が盛りを迎えている信州から木曾を巡る新婚旅行を終えた10日後、憲一は、仕事の引継ぎをしてくると言って金沢へ旅立つ。しかし、予定を過ぎても帰京しない憲一。禎子のもとにもたらされたのは、憲一が北陸で行方不明になったという、勤務先からの知らせであった。急遽金沢へ向かう禎子。憲一の後任である本多の協力を得つつ、憲一の行方を追うが、その過程で彼女は、夫の隠された生活を知ることになる」。作品の背景 には「事件の背景に、日本が占領下にあった時期に、米兵相手に売春行為をしていた女性(作品のなかでは「パンパン」とも表現される)らの存在がある。彼女らが過去の忌まわしい経歴を隠そうとする必死の願望が、作品中で重要な意味を持ってくる」と書かれている。
  私は『ゼロの焦点』を読んだことが無いような気がする。けれど概ねあらすじを知っているのは、1971年NHK制作。放送作品を観たことがあるためだと思われる。1971年NHK制作作品では、能登・富来町のヤセの断崖から望む日本海に室田佐知子が舟を漕ぎ出していく場面があったように思うけれども、今回の映画では日本海に浮かんで揺れる小舟が映し出されただけだった。
  『ゼロの焦点』では3人の女性が主役として登場する。鵜原禎子、室田佐知子、田沼久子である。1971年NHK制作作品では、鵜原禎子を十朱幸代、室田佐知子を奈良岡朋子、田沼久子を長山藍子が演じていたようである。奈良岡朋子の印象が強い。今回の映画では。鵜原禎子を広末涼子、室田佐知子を中谷美紀、田沼久子を木村多江が演じていた。中谷美紀も良かったけれど、木村多江の存在が「良いな」と思った。
  田沼久子の家で本多良雄が鵜原禎子に刺し殺される場面で、私は暗い画面と人を突き刺す大音響で自分の心臓が止まりそうになるくらい「ギクッ」とした。
  終盤、室田儀作が警察に捕まり(自首した?)、警察の拳銃を奪って自死するのだが、何んでそうなるのかはさっぱり判らなかった。
  挿入曲にプラターズの1955年のヒット曲「オンリー・ユー」が使われていた。私がプラターズの曲を聴いたのは、私が中学生になっていた1960年代前半、今正の「まもちゃん」がレコードを聴かせてくれたのだと思う。『アメリカン・グラフィティ』に出てくるオールディズの名曲である。特定の米軍将校と付き合う「パンパン」を「オンリー」と呼んだことがあるようである。挿入歌に「オンリー・ユー」を使かったのには、そのいわれがあったのかもしれない。
  そうか、1,000円で映画が観られるのか・・・時間潰しでもいい、これからはもっと映画館に出掛けるのもいいかもしれないと思った。


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